今を生きる

スペインはバレンシアからきままに 日記を書いていきます。 今を常に念頭におき、 見性を体験することを大目標にします。

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少林窟道場参禅記(参禅7日目)

                   11月20日(土曜日)

このうえなく贅沢な私一人だけの修行は昨日をもって終わりました。

古参の方が昨日からお二人お見えになっておりました。

老師を独り占めしておりましたが、禅堂で他の方と一緒に坐るのも

また違う緊張感がありとても新鮮でした。


ましてや私のような新参者ではないので、その歩く一歩、坐る様子

などから学べるものがたくさんありました。今を離さない袴姿の修行者が

行き交う少林窟道場の空気が、キリット締まり変わってきました。


しかし、すれ違っても一切、目を合わすこともなく、挨拶すらなく、

最初は戸惑ってしまいましたが、そういうものかと自分も

それにならいました。


お昼は、お二人の古参の方たちと一緒にいただきました。

老師からは、今回の修行で最後になる法話がありました。

                          (ただ坐る)
  ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

今こられておる先輩たちが少林窟の古参で、境界のいい人達ばかりで、

どの人であっても見習っていきなさい。

修行をするとはどういうことか見たらわかるでしょ?

聞く必要もない、隙を与えない、他を見ない。余念なしに縁のみになって

いくその努力をしている人のことを修行者という。何の道理も理屈もいら

ない。素直にただ坐る、ただする。


「できるようになったでしょ?よく頑張りました!

この大先輩の皆さんについていけば間違いないからね!」


ただ本当に昨日、出発直前まで苦労して疲れてきているので、

一日二日は疲れをとることが主体の修行、無理をしたらここ一番粘りが

きかなくなる。気力体力がないと、縁にまかせればいいというのはこれは

道理であって、本当に即今底のみになっていくためにはやっぱり

坐が基準なので、体の調子が大事なのですよ!

その上で動作して道中の工夫となる。基本は打坐ですよ。

本当に身も心も忘れて素直にただ坐ればいいんだから。

これが釈尊が薦めた禅定。


坐禅している自分もなく坐禅しているという意識もなくただ素直にことを

運ばしている。何の意味もないようにみえる一切の体を使わず、一切の心

を使わないということは大変なことなんだ。月へ行ってくるよりも難しい

んだ。かくして煩悩が菩提になる。煩悩であったはずのものが光明にな

り、道具になり我々に幸せをもたらすものになる。それを菩提という。


そこのところがはっきりするまでは修行者としてとことん一方向のみ、

修行することのみ、行ずるのみ、我を忘れて行ずる、これに徹した人ほど

早い。


まるまるまだ1日ありますので大切に時を過ごしてください。

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


夕食前になって、どんどん古参の方達が入山してきたようです。大人数の

夕食の準備で大変かと、私も何か手伝ったほうがいいのではと思いながら

も、結局、古参の方たちがたくさんいらっしゃるから却って足手まといに

なってしまってはと、禅堂で坐っておりました。


木版の音が響きました。

食堂に行くと、今までとは随分様子が違っていました。ちゃぶ台が縦にい

くつも足されて長いテーブルにそれはぎゅうぎゅうになるくらいにお鍋、

大根とぶりのあら炊き、手羽さきの煮付けなどのご馳走が所狭しと盛りつ

けられておりました。


そこで、開口一番に老師に言われました。

「あなたは、大変本当に良かったのだけど、、、一つ残念だったのは、作

務を既に許されたのだから進んで食事の準備なども手伝ってくれたらよ

かったんだが、、、」


「あ、やってしまった!」


私の長年の癖でもあります。でしゃばってはいけない。

余計なことをしてはいけない。

この背景には相手に拒否されるのを怖がる自分がいるんです。


しかし、今さらどうすることもできないので、

素直に謝ることしかできませんでした。

「すみませんでした。」それ以外、言葉はありませんでした。


次々に古参の方達が、食堂に入ってこられました。

総勢11人で、私にとって少林窟道場最後の晩餐となりました。


秀蓮さんと私以外は、皆さん男性の方達でした。たまたま連休だったから

いらっしゃったのかと思いきや、ほとんどの方達が、皆さん週末を利用し

て毎週遠方から通っていらっしゃるとのことでした。


お鍋がグツグツといい音をたててきました。お隣り同志で、ビールをつぎ

あいました。そして老師が、古参の方々に私のことを紹介してくださいま

した。そこで皆さんで乾杯いたしました。


1週間の修行を終えて古参の方々に囲まれて飲むビールは、何とも言えず

喉越しが良く、一気に飲んでしまいました。


そこで、老師から、「今の心境は?」と聞かれました。


すると隣に坐っていらした若い古参の方が、私にビールをすすめてきたの

で、コップを持ち上げました。コップにビールが注がれました。


私は、感極まって、そこでちょっとつかえてしまいました。

老師が、「頭で考えないで!」とおっしゃいました。

私は、そのまま合掌をしようと思いましたが、

「感謝あるのみです。」と答えました。


すると、老師が、コップを持って、

「今は、」とおっしゃって、

ごくごくとビールを飲みほしました。

「今はただ飲む」

最後の禅問答でした。


それからは食べて、飲んで、大変大変楽しい団欒の一時でした。


老師からは、一人一人に質問をしてもいいと言われましたので、順番に聞

いていきましたが、何を聞いていいのか分からず、ちょっとお酒が入りな

がらも硬くなってしまって、思うように聞けませんでした。


皆さんお忙しい仕事を終えて、疲れていらっしゃるにも関わらず、

そのまま直行で少林窟にいらっしゃるそのことだけでも本当に

驚くばかりでした。


お一人古参の中でも一番古い方が「私はスーパーマンになりたかったんで

すよ」とおっしゃっておられました。当初入門してきたときには、初発心

が違うということで却下された昔話を笑いながらされていました。


今度は、「私にどうして入門されたんですか?」と聞かれたので、

皆さんの前で、一言、

「”ただ行ずる”をできるようになりたいから」と答えました。


それからどのくらい歓談していたんでしょう?

その間、皆さん体調をくずしていらっしゃったりお疲れのようで、

大分席を立たれておりました。

老師も席を立たれてお休みになられたのかと思っておりましたが、

また笑顔で戻っていらっしゃいました。


老師は、お腹が空いたと言われて、目玉焼きをご自分で作り始めました。

「これが実においしいんじゃ!」と可愛らしいお顔をして子供のようにパ

クパクおいしそうに食べておられました。


気がついたらとんでもない時間でした。


片付けをしようとすると、皆さんそれぞれに片付けられていて自分の分の

お茶碗を洗うくらいで簡単に終わってしまいました。


しかし、あの大根のおいしかったこと。あんなおいしい大根は今まで一度

も味わったことがないと思います。そしてあの手羽先、ちょっと間違うと

鳥臭くなってしまうのをしっかり味を染みこませて絶妙な仕上がりでし

た。ゆっくりと味わせていただきました。



少林窟道場から見上げる星を眺めながら宿坊に戻ると、瀬戸内海の灯台の

明かりが微かに光っていました。

                           ....続く

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プロフィール

valenciana

Author:valenciana
スペインはバレンシアに
住んでいます。

インターネットのお陰で
禅の世界に導かれました。

「縁と無常」

あるがまま
ただ生かされていることに感謝する毎日です!


”幼少の頃は夢中で遊んでいました”
いつしかそれがかすんできました。

またあの頃の
感覚を思い出すことが多くなりました。

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