今を生きる

スペインはバレンシアからきままに 日記を書いていきます。 今を常に念頭におき、 見性を体験することを大目標にします。

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少林窟道場参禅2回目(2)


今回初めての法話です。

素直に一事に打ち込むこころの強さがどんなに大切であるかをみにつまされたお話でした。


老師の法話(実行するのみ)

初期参禅、つまり修行を始めたばかりの時は、頭ではいっくらわかっていてもどうにもならん,手も足もでないことが、まず最初あります。
ここをどう解決していくかというと、

”言われたことを愚直にやっていく”。

手際よく進化発展していく特別な方法は別にない。

”真剣であることと忠実にすること”

”今に徹するだけ”。

それは、前後のない今、一秒でも過去になったら過去。一秒手前も未来ですからないんです。全く前後のない今。

がしかし、いつまでいっても今しかない。
見るのも今しかできない、聞くのも今しかできない、食べることもどうすることも全て今の様子なんです。この今の様子に間違いが一つもないんです。

ただ己をたてることによって囚われという現象が出てきます。
身体が持っている過去世の業のようなものがわっと関わってきますからね。今になりきるということは過去一切の身体をも忘れるところまでいくこと。

無くなるとは気にかからなくなる。身体が気にならなくなるとその分だけ癖も同時になくなっていきます。

自分の殻が破れてくるんです。とらわれる動機がなくなる。今あるがままに縁のままに、かつ対立なく淡々とやる力ができくる。
それが自然であり、本来の様子ですから。自我という塊ものがなくなりさえすれば全てと円満になっていくんです。

元来そうなっているんですから、そうなるためには、生まれてこの方癖づいている身と心が離れて、心があっちいったりこっちいったりしますから、この癖を破るための修行だと思ったらいいんです。

本来はこのままですから、悟っても悟らなくてもこの様子のままなんです。悟るということは本来、身体だけの人もいない、心だけの人もいない、心身一如で一体なんです。

とこらが悪い癖がついてしまったために心が勝手にあっちいったりこっちいったりして人を狂わせ苦しめてしまう。あくちあっかくを取るために今しかないから今に目覚めたらいい。

今に目覚めるためには今を離したらだめ。今といったらつかみどころがないので、禅堂ではひたすら吸う今になり吐く今になる。今、今、今をどこまでも逃がさんようにする。

これを道元禅師は「仏道を習うは自己を習うなり」と。
いつも今、即今ですから。

老師から以前参禅した修行者に質問

「10年ぶりにどうですか?」

修行者

「老師にご相談したいことがあって、紙に書いてきたものがありますから一度ご老師と相談したいです。」

老師

「早いほうがいい。坐禅中に解決がついていないと出てくるから。
食事すんだらすぐに。」

以下続き

あちらはあちらの人の価値観があり、こちらの思うことを伝えよう伝えようとして作為をしますとあちらもそれに揺さぶられるんです。

分かる時が来たら分かると思ったらいいんです。
伝えようとしても伝わらんものは伝わらんと決着がつけばいい。

静かに成り行きを冷静沈着のままに見守ることができたら一番の道だとわかってくるとあまり気にしなくなる。

我思うことを、これが正しいという信念があるから我が思うことをどうしても伝えたい、要するに、思うようにしたい。それが一番問題なんです。こういう気持ちがある時は他とうまくいかない。

続く

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プロフィール

valenciana

Author:valenciana
スペインはバレンシアに
住んでいます。

インターネットのお陰で
禅の世界に導かれました。

「縁と無常」

あるがまま
ただ生かされていることに感謝する毎日です!


”幼少の頃は夢中で遊んでいました”
いつしかそれがかすんできました。

またあの頃の
感覚を思い出すことが多くなりました。

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