今を生きる

スペインはバレンシアからきままに 日記を書いていきます。 今を常に念頭におき、 見性を体験することを大目標にします。

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少林窟道場参禅記2回目(12)

6日目


朝日がガラス越しに入ってきたので目が覚めました。

翌日の早い下山に向けて午前中は、自分の身辺、使わせていただいた所の
跡を確認するかのように掃除、洗濯、布団干しをさせていただきました。

少しずつ昨日のお酒が抜け、我に返り、頭によぎった自分の失言に
愕然としてしまいました。

口をついたひと言でした。


「何度足を運ぼうが、自分の努力心がなければ見性できるものではない。」


自我は私の油断した隙を今か今かと待ちぶせしていました。


絶望を経て、夢も希望も捨て、今に徹することに努力三昧してきたつもり
でおりましたが、、、、

それがいつしか見性というお宝を目指す将来の目標に摩り替えられ、
そして”自分”でどうにかしようとしていたのです。


それは今までに十二分に何度も何度も確認してきたつもりでおりました。

人参のように何かをぶら下げてしか生きていけない性分、
なかなか手強いものです。




お釈迦様は王子という地位を捨て、国を捨て、家族を捨て、6年ほどの難行苦行の末、身体を痛めつけても悟ることは不可だとやっと瞑想にたどり着き、まもなく悟りを得ました。

達磨大師は、インドから中国に渡って面癖9年。

そして中国の唐と宗の時代の祖師たちは、手、足、指がなくなろうが、
また自分の子どもを殺してまでも悟りを求めて、命がけで師から弟子に
伝えられてきた様子。

日本の道元禅師。
幼少の頃から大変聡明で、3歳で父親を亡くし、4歳で中国唐期の詩集を
読まれ、7歳で「春秋」の解説書を読まれ、8歳で最愛なる母親を亡くし、
仏法へ目覚め、9歳の時には仏教の入門書をも読まれています。
そして13歳で出家された道元禅師でした。24歳で正師を求め中国に渡り大悟。


そんな偉大な祖師たちの禅の歴史に触れると、自分の今いる生ぬるい環境で
見性を求めるのなんか絶対無理と諦める気持ちとは裏腹に、見性をすることで駄目な自分を最後死ぬまでには挽回できるかもしれないという潜在的な気持ちがどこかに潜んで、日々膨らんでいったのでしょう。



仏道をならうというは自己をならうなり


老師の法話で何度も聞いているこの道元禅師のお言葉。

あらたまって「仏道をならう」というと、悟りの世界がどこか遠くにあるような錯覚に陥りやすいものです。しかし、他に求めてえられるものではありません。道元禅師はひと言「自己をならうなり」と力強くおっしゃっておられます。自分のぬいだ靴やスリッパは揃っているか、身じまいを正し、心を正すことから仏道は始まる。



思えば、いつも外に解答を目指してきた半生でしたが、何も求めず、今自分にできることを丁寧に心を込めてやっていく決意がここでようやくできてきました。


今までも何度もレールを踏み外してきております。これからもそうでしょう。
しかし、この道を続けていきさえしたら、軌道修正していくことは可能です。


自分の失言から私に潜む新たなる自我を見つけることができました。

浄化、坐禅をしているからこそ、この傲慢な自我という地雷を持っていることに気づけたのだと思うと、浄化、坐禅との縁に感謝せざる終えません。


続く

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プロフィール

valenciana

Author:valenciana
スペインはバレンシアに
住んでいます。

インターネットのお陰で
禅の世界に導かれました。

「縁と無常」

あるがまま
ただ生かされていることに感謝する毎日です!


”幼少の頃は夢中で遊んでいました”
いつしかそれがかすんできました。

またあの頃の
感覚を思い出すことが多くなりました。

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